
全国一となった石井氏の残心 |
禅という字は、単に示すと書く。坐禅は足を組んでただ坐り、それでおしまい。立禅といわれる弓道も的に当てるという点ではそれだけのことである。的中は結果であって、そこに至るまでの射品射格を重く見る。弓道は全人格的スポーツで、その人の品格が丸見えになるというから恐ろしい。自己を相手に打ち勝つ一生をかけた
行なのだ。
石井勝之氏(59才)は、南房総市の岩井海岸近くで江戸時代から続いた製畳店を営んでいる。
凛として物静かな石井さんは、弓道の最高峰・範士八段である。10代の頃はバスケットや棒高跳びと動きのはげしいスポーツをやっていたが、20代から静のスポーツ、弓道に入った。岩井神社境内の川崎道場に通い、道場主、師範代ともに良き師にめぐまれた。弓道3段になったとき両先生から「いつか天皇杯を拝受し、この道場に持ってこい」といわれた。
律儀な石井さんがこの約束を果たしたのは、20数年後のことであった。2002年全国男子弓道選手権大会において石井勝之さんは初優勝をとげ、南房総に天皇杯をもたらした。その時道場主の川崎重彦先生はすでに他界され、師範代高濱武先生の病床に菊のご紋章の入った優勝カップを持っていくと、先生は一言「長い時間がかかったね」といわれた。
自宅の敷地の中に氏の稽古場があり、仕事の合間に週4日1日20射ほどを引く。「私は弟子を持ちません」と石井さんはいうが、弓道の教室は開いている。日本の武道文化を伝える教え方はきびしい。人に物を教わるということは、どういうことか。礼に始まり礼に終わることはあたりまえで、道場に足を踏み入れた時からすでに弓道は始まっているという。
安房は板東武者のふるさとである。剣道、弓道ともにさかんで、地元の高校生も全国大会で優勝している。