安馬谷里山
安馬谷里山にまつわる伝説
1 安馬谷
和名抄(935年頃、源順〔みなもとのしたがう〕が編集した日本で最初の漢和辞典に大瀦郷と記入されている。
地名は、1220年頃から、千倉町の下立松原神社の神事に鞍馬を差し出したことに、由来する説があり。
2 八幡神社
御祭神は、第15代応神天皇と神功皇后。
元禄に火災で全焼。宝永6年再建。時の幕府から「やぶさめ」を復活するようにと、進言あり。
3 学問台
宝永時代に、中央から来た人が居て、山ごもりをして勤学に励んだ、その時に、いろいろと世話をした、座間家(座間君子)に名字 名前 山をくれて行く。今も、学問台と云う小字が残っている。
宝永6年再建の時、本殿のえぼしに、掘ってあり。
4 ヤジリ
神社の山から(元、畑)であった所。ヤジリのクズが掘れる。
石槌と台(金敷き)は丸山川の物である。
5 土器
50年ぐらい、前に山入り堰の土手を、大修理した時、どろと一緒に土器が出て来たと云われているが、現物はない。
6 大蛇伝説
昔、大蛇が住んでいたと云われている。岩の割れ目がある。
その大蛇が、生み落こした岩があった。下の水田(内藤敏雄)にあり
キズをつけると赤い血がでると云われていた。
7 竪穴式住居
里山の中で、東向きの場所と、山の背に直径3〜4mの穴がある。
昔の住居跡ではないかと推定している。
平成17年1月 安馬谷里山研究会
会長 横山 武
安馬谷里山研究会
南房総市安馬谷
TEL:0470-46-3154 FAX:0470-46-3154
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